日記及び生存戦略情報記載用ライフログ

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歩くということ

今も昔も個人的に歩くのが好きらしい。

らしい、と言うのは。好きだと言い切れるかどうかのクッションなので気にしないでいただきたい。

 

自分は運転免許というモノを現在持っておらず、必然的に公共機関を使うか自転車もしくは徒歩が移動手段になる。そして現在自転車も持っていないので公共機関家徒歩という選択になる。

幸い、住んでいる所が名古屋市内で私鉄・地下鉄共に徒歩10分前後の立地で名古屋駅や栄・大須と言った繁華街へは乗り換えなし20分前後で移動することができるので不便がない。

ただし、名古屋市はバス交通網に偏りがありバスでの移動になると条件が悪くなり、名古屋駅から大須への移動など時刻表を見ると一時間に2本とか何処の田舎だよ!と突っ込み入れたくなる。

 

それはともかく、以上のことから移動は徒歩のことが多い。元々秋田という田舎出身で、歩くことには抵抗がなく、逆に愛知に来てからのカルチャーショックの一つに距離感がつかめないというものがあった。

よくある「こんなに近いのに駅がある!」とか「思ってたより遠いじゃん」なんてものだ。特に大いなる田舎である名古屋はその差が激しい。

 

それでも歩くのがメインな自分は徒歩1時間くらいなら平気で歩いて移動するタイプの人間だ。因みに家から名古屋駅まで歩くと約100分前後、大須辺りまでなら50分前後といった所か?前にgoogleMAPで時間を調べ実際に歩いたらだいたい上記と同じだった。歩く速度が平均速度なのだろうか?

 

見知らぬ土地を歩くのが好きな人は多いだろう、意外と長く住んでる近所でも、普段なぜか行かない方角なんてものがあって、そちらの方を散歩すると新たな発見があって楽しかったりする。

発見というのは非常に刺激的で日常を豊かにする。変化というものが刺激なのだろう。都心部に住んでいるお陰で店舗の入れ替わりが激しいといった意味では繁華街の散歩や移動も楽しいものだ。よく意味もなく大須辺りに出没してるのはそれが目的だったりするが、基本商店街は消費の場なのでここ最近無職になってからは足が遠のいている。

 

歩いている時、特に長距離移動の時に音楽を聞いたり風景や環境音を楽しんだり楽しみ方は色々あるが、個人的には考え事をすることが多い。どうも考え事に集中するときは、歩いている時の方が効率が良いらしい。問題は考え事が纏まっても、その場で記録するものがないと馬鹿なので忘れてしまうことだ。なのでスマートフォンが非常に便利。それでもメモ帳と筆記具はできるだけ持って歩くようにしてるし、できるだけ考え事を一旦落とすときは紙にペンで書くというアナログの方が性に合っている。それか考え事や思った事を、その場でデジタルに上げるのを好いている。

 

今、これを書いていて自然と「アナログに落とす」と「デジタルに上げる」と書いたけどこれはなんだ?自分の中で非常にしっくり来た言葉だ。自分の中ではこうなんだとなんか納得した。

 

そんな訳で健康がどうだの生活の習慣がどうだの抜きで、歩くのは好きで性に合っているようだ。歩いた後で地図を見たり遊びに行った場所や店を記するのも好きだ。だからBlogもそういう方向でやってれば良いのだろうが、Twitterを使っていると、どうもそちらに書いたことを二度書くというのが手間に思えてBlogから離れてしまう。人間低きに流れる楽に逃げる。自分も人間なんだと思う瞬間である。

因みにこの文章はスマートフォンポケモンキーボードで、区役所に片道45分かけて移動し用事を済ませた後の帰り道「マクドナルド」で書いている。

帰りは用事がないのでチンタラ歩けるのがまた楽しみだ。